乾 久美子氏インタビュー
東京の中心部に位置する日比谷公園。その中でも一番目に留まる入口横にあるのが(株)日比谷花壇のフラワーショップ。多くの人が利用するこのフラワーショップは同社設立60周年を記念し、2009年末に全面リニューアルしました。まるで小さなビルが林立したような石貼りの外観ですが、一歩店内に足を踏み入れると開放感にあふれています。設計者の乾(いぬい)久美子さんにお話をうかがいました。
制約条件の多い公園の中の建物
 

今回新たに建て替えたフラワーショップは、日比谷公園の中でも一番中心になる日比谷門の横にあり、日比谷通りをはさんで目の前に帝国ホテルや日生劇場が建っています。既存の建物は、ずいぶん古い建物で存在感がなくなるほど、屋上に植えられた木に埋もれていました。建て替えの理由は、耐震的にそろそろ建て替えの時期ではないかという構造的なこと、手狭で使いにくくなってきたという機能的なことの2点でした。

日比谷公園は東京都が管理していて、このフラワーショップの建物も都の所有物なのです。したがって、建て替えには建築基準法以上に、いろいろな制約条件がありました。賃貸契約の中に構造形式や、延床面積・建築面積・屋根の面積等が書かれていて、その契約書はそのままにしたほうが事務手続きなどの手間が少なくなるので、できるかぎり既存の建物に近いものでいこうということになりました。賃貸契約などからくる条件を要約すると、建築面積は約100m2、鉄骨造地上1階地下1階建て、建物の高さは7.5mです。その条件をベースに設計しました。

全体は同じ高さの5つの小さな棟から成っていて、そのうちの1階部分の2棟が店舗です。花は収穫されたままの状態で段ボールに入って運ばれてきますから、いらない葉っぱを除去するような下ごしらえをしなくてはなりません。そうした場所は厨房のようなものですから地下にもっていきました。地下には他に事務室も入っています。


分棟が天井の存在をなくし面積も増やす
 

地上1階で7.5mの高さというのは少し不思議なプロポーションですが、この条件をすごくおもしろくするにはどうしたらいいか思案しました。そこで、空間が小さくなると同じ高さでも、高さというものの意味が違ってくるのではないかと考えたのです。具体的にどういうことかというと、日常的に人は上を仰ぎ見るということをしません。空間が小さくなればなるほど、天井を見るチャンスが失われて意識の中で天井というものがなくなっていくのではないかと思ったのです。つまり、天井の存在感がない小屋が集まった建築にすると、非常におもしろいのではないか……。そこで、分割されていて、かつ1つ1つは非常に背が高いものを作ればいいのではないかと考えました。このようにして5つの棟に分けるという全体のコンセプトがだいたい出てきました。

次に、分割するということはテナント側にとってどのようなことになるのかを考えました。分割したものの面積の合計はオリジナルのものと同じにならなければならないという条件がありましたが、分割すると外の部分にも商品が置けて隙間の部分も活用できますので、事実上の店舗面積は増えるのではないかと説明しました。実際、隙間の部分を入れて面積を比較してみると1.7倍くらいに増えるのです。都との関係で面積を増やすことができない計画でしたが、室内の面積は変わらなくても事実上の面積が増えるということになれば、手狭になってしまったから建て替えたいという、そもそものテナントの要求に応えることができるのではないかとお話しました。都との関係もさることながら、公園法という法律があって、公園内には公園の面積の2%の大きさまでしか建物は建てられません。とにかく、大きくしたくても契約上や法律上の制約があって大きくできない、だけれど、大きくしたと思えるような状況をつくりたい、この矛盾を解消する方法論としても分棟というのは有効でした。

高さというものをより鮮明に活用するために、ものを分割していくということを考え、そのことによって面積の要求もかなえることができたのです。



撮影:阿野太一
公園のエッジに建つということから生まれた二面性
 

この建物で重要なことは、公園のエッジに建っていることです。建築というものは周りの環境に対してどのように存在するかを考えなければならないと、私は思っているのですが、今回はエッジに建つため、公園に合わせて良いのか、それとも公園に面する日比谷の街に合わせて良いのか、非常に迷いました。公園の真ん中にあれば、公園だけに応答したような建築のデザインを考えれば良かったと思うのですが、エッジにあるということは、どちらにも合わせなければならないのです。この建物はビルのように四角くて、建築物として何かフォーマルな形式を使っている感じにしましたが、それはなぜかというと、周りが日比谷のかなりしっかりした建築物が多い場所であることに応答するためには、ビルという形式を守った方が良いと考えたからです。

とはいってもこれは公園の中の建築です。多くの人が公園に期待している開放感を建築が演出しなければなりません。そこで、先ほどの天井を忘れるということが役立つのです。たとえば木陰はとても気持ちが良いですね。木の下は当然外部なのですが、木で覆われていることによって感覚的に部屋の中にいるような気持ちにもなります。つまり、ある程度守られた半外部的・半内部的空間がつくられているわけです。そのような中間的空間のあり方が人を開放させるのだと思います。

天井は、インテリアにいる、という感覚を作ってしまう非常に大きな要素なので、それを意識の中から外してしまえば、インテリアにいてもエクステリアにいるような気持ちになり、木陰にいるのと同様な開放感が得られるのではないか、そうした開放感を演出することによって公園の建築としてのふさわしさをつくる事ができるのではないか、と考えたのです。つまり、木陰は外部なのだけど中にいるような気持ちになり、フラワーショップは内部なのだけど外にいるような気持ちになる。そんな風に方向性は違うけれど、内外の曖昧さ、そしてそこから派生する開放感という点で木々と建築が似ている状況をつくろうとしたわけです。

ビルそのものの形態にみえつつ、一歩その中に入ると公園の中の木陰に近い開放感が得られるという二面性をこの建築は持っている、そのことで、公園のエッジに建つことのコンテクストを定着しました。つまり公園の建築でもあり、都市の建築でもあるということの両方を持った形態です。


石貼りだけれど華奢な構造にしたい
 

この周辺はガラスのファサードが多い場所ではありません。銀行をはじめ石貼りの重厚な建物の多いエリアです。そうした中でその雰囲気にマッチさせたい、かつ重厚にしたいという希望もありましたので、石貼りの建築にしました。ただ、周りの建物に比較するとかわいらしいサイズの建築ですし、面積のこともありますし、矛盾があるのですが、石貼りであったとしても非常に華奢で軽やかなものにしたいという気持ちがありました。

壁厚は160mmあるのですが、そのうちの90mmを構造に使い、35mmをディテール込みで石貼りに使い、残りの35mmを内装仕上に利用しています。建築の大部分がガラス張りで、壁厚が必ず目に付く建築なので、壁厚の選択が失敗すると建築として重くなりすぎます。だから構造を華奢にできるかどうかは、最重要課題で、壁をなるべく薄く見せるために構造的・ディテールの努力をずいぶんしました。構造の厚みは90mmしかないので、屋根は軽くないとだめだ、コンクリートでスラブを作ることはできないという話になり、そこでコンクリートを打たないで屋根を構成するという方法がないものかといろいろ検討した上に見つけたのが、サンドイッチパネルの上に直に防水を貼るYP構法でした。



撮影:阿野太一
見下ろされても美しい屋根に
 

周りには背の高い建物がたくさんあって、いろいろなところから見下ろされる建築なんです。見下ろされたときに屋根がきれいになるのはどうしたらよいのか、いろいろ検討しました。屋上のアスファルト防水砂付仕上げのトップコートも、石の色と合わせるためにライトグレーにしました。

一般的にパラペットは、低いほど建物のプロポーションは良くなるので、機能と美観上のせめぎ合いが起こる場所だと思います。このフラワーショップでは、都市型集中豪雨などで水が溜まるラインを想定し、オーバーフロー管が設置できるぎりぎりの高さにパラペットの高さを抑えました。上から屋根を見たときにきれいなほうがよい。そのためにはパラペットは小さいほうがよいだろうと思ったからです。また、井懐にバトン(昇降機)を入れる必要がありました。バトンは結婚式場や舞台によくあるもので、垂れ幕を垂らしたりするものです。モーターを含んでいて、ある一定以上の高さが懐に必要になるので、天井に納めると懐が大きくなります。しかし開放的性を感じさせるために、開口部をできる限り大きくしたいという気持ちもありました。懐が大きいと自動的に開口部の上端も下がってくるのでまずいわけです。そこでパラペットをできる限り小さくして、開口部の大きさを、可能な限り最大限にしました。

工事段階でパラペットに丸環を付けることになり、最小限に抑えていたパラペットの高さに対して80mm位プラスしないといけませんでした。でも、後々のメンテナンスのことなどを考えると、付いていた方が便利なので、80mmは我慢しました。丸環は、たとえばガラスを清掃するときに人が吊り下がるときなどのように、機能的に必要なものです。このように店舗の棟はパラペットをミニマムにして開口を最大限取りましたが、1階に作業場のある棟は天井を下げ、パラペットを高くして、建物から室外機が突出しないようにしています。


建物の裏をつくらない
 

屋上からの排水経路は90mmの構造体の間に雨水排水管を通しています。本管、予備管、オーバーフロー管と3つの系統を設けて、雨量計算による必要量をかなり上回る排水能力を確保しました。排水は地下のピットまで落として汲み上げています。この建築は裏の部分がないので、管を外に出すわけにはいかなかったのです。

裏を作らなかったのは、当然作りたくなかったという意匠上の問題もありましたが、店舗の場合、バックヤードを作ると必ずそこが非常に乱雑になります。しかし、フラワーショップは公園の中にぽつんと立つので、乱雑になると全部みえてしまう。そこで、それをスタッフの方々に理解してもらうためにも、裏がないということを明確にしました。もちろん中には、ゴミを置くエリアを作っていますが、それ以外は絶対にダメということにしました。このフラワーショップは(株)日比谷花壇の旗艦店なので、更なるイメージアップを図りたいと思いました。


境界の曖昧性がつくり出すおもしろさ
 

この建物の規模で、施工をスーパーゼネコンの清水建設にお願いするということは異例でした。でも、鉄骨造で防水下地を精度良く作るには大変な技術が必要となりますし、35mmの中に石を乾式で納めているのも日本で初めてです。こうした納まりはスーパーゼネコンで初めて可能だったと思います。立地がよかったために小さくても引き受けていただいたのですが、とても助かりました。

テナントである日比谷花壇の皆さんもとても喜んでくださっているようです。以前は植え込みだったところをオープンスペースにしたので人も集まり、公園課の方がたも喜んでいただいていると思います。

この建物は、ビルの形態をしながら公園の建築としての開放感を持ったり、天井の存在感をなくしてインテリアとエクステリアの境界を曖昧にしたりという、二面性を持った建築ですが、さらにおもしろいことがあるんです。普通昼間は建築のインテリアは外より暗いんです。でもこの建築の場合は反対で、内部空間の方が外部空間より明るいという逆転現象が起きています。そのことで、ますますインテリアとエクステリアが混ざって境界線がなくなったりするような、おもしろいものになっています。今は商品が内部に入っているのでインテリアがはっきりしていますが、もっと外に置くようになると、境界がずっと曖昧になって、さらにおもしろいことになるのかなと思っています。




 ◆ プロフィール

乾 久美子 / 乾久美子建築設計事務所

1969 大阪府生まれ
1992 東京藝術大学美術学部建築学科卒業
1996 イエール大学大学院建築学部修了
1996-2000 青木淳建築計画事務所勤務
2000 乾久美子建築設計事務所設立
2000-2001 東京藝術大学美術学部建築科常勤助手
2006- 昭和女子大学非常勤講師
2008- 東京大学非常勤講師
2008 アパートメントIで新建築賞受賞

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