西村 浩氏インタビュー
北海道でも有数の豪雪地である岩見沢に、雪国では珍しいガラス張りの駅舎が誕生しました。鉄道の街でもある岩見沢にふさわしく、レールをサッシに使用したり、ガラスの箱の中には以前この街で多く使われていたレンガの壁も見えます。これから100年、200年、長く市民に愛され利用される駅舎にするための設計の考え方を、建築家・西村浩さんにうかがいました。
人の賑わいが見えるガラスの駅舎にしたい
 

北海道のような厳しい環境では、このようなガラスの建物は少ないんです。壁の面積が大きく窓が小さい、それが寒冷地での建物の基本的な作り方で、電車に乗って北海道の街を見ていても、掃き出しの窓は1つもありません。つまり窓が小さいので、屋内に人がたくさんいたとしても外からは賑わいが見えません。地方都市で元気が無くなっている上に、屋内にも屋外にも賑わいが見えないようだったら、街の中はますます元気がない感じがします。

駅は、通勤や通学で常に多くの人が利用しています。街の活性化のために人の賑わいを集めようという意図があったので、北海道だけど大きなガラス面で人の賑わいがいつも見える、しかもレンガの赤い色が街を明るく照らしてくれる駅舎にしようというのが、当初からの考え方でした。そしてこのガラスの箱を、厳寒の気候と闘いながらどう実現するかを考えていきました。


北海道でガラスをどのように使うか
 

ガラスは二重ガラスではなく、普通のペアガラスを使っています。駅のコンコースは空調していませんが、ガラスの内部に見えるレンガの箱の中は事務室などがあって、そこは空調しています。その外側、つまりレンガの箱を包む空間はギャラリーなどに使用していますが、ここはコンコースと一体となったところですから、日常的には空調していません。でも冬は外が寒いので、中に入ると十分に暖かいんです。冬は皆さんコートを着ていますし、全く問題なく普通に過ごせます。むしろ晴れている時は太陽の光が入って暖かいのです。コンコースはもともと風が抜けるので、中間期には排気窓から風が流れてとても快適です。

空調をしていないのでペアガラスで済んでいますが、ここを全館空調すると今度は結露の問題が発生してしまいます。空調をして外との気温のギャップが激しくなると、かえって結露が生じるんです。ここでは「外」、「レンガと外との間の空間」、「レンガの中」と段階的にゆるやかに気温差を作っているので、うまくいっているのだと思います。ただ、3F改札前の待合コーナーにはスポットで空調を入れたり、局所的な空調はしています。もし全体を空調すると、結露もそうですが、維持管理的にも難しいことになります。そのあたりは、プランニングと設備計画がうまくいった例だと思います。



撮影:小川重雄
こだわったPC、レール、レンガ
 

当初はもっといろいろなことを試みていたのですが、最終的に残ったのがPCとレールとレンガなんです。限られたコストの中で、この3つの点を大切にしてきました。つまり、この岩見沢複合駅舎は大事な部分だけがピュアに残った建物なんです。でも逆にそれが良かったのかもしれません。もっと予算があると余計な材料を使ったり、本質とはあまり関係ない操作をしたと思うのですが、節約できるところは節約して、大事なところだけに集中的にお金を投入したことで、とてもわかりやすい建物になった気がします。

屋根にPCを使用したのは駅を長く利用できる施設にするためでした。当初は壁も全てPCの提案でしたが、コストが厳しくて壁は現場打ちにせざるを得なくなりました。ただ、屋根には、大きな雪荷重が掛かり、それが風によって吹き溜まりができて偏荷重となる可能性もあります。とにかく耐久性が非常に大事なので、屋根だけはクラックが発生しにくいPCを使いたかったのです。

また、ここは鉄道の街ですから、サッシのマリオン(開口部を支える垂直の部材)には製造元や製造年が刻まれたレールを使っています。これがまた鉄道ファンの方の興味を引くようです。総数232本の30kg古レールは、JR北海道さんにお願いして集めてもらったものです。

レンガは、隣町の江別のレンガ工場で作りました。江別には鉄道延伸時にたくさんのレンガ工場がつくられました。RC技術が日本に入ってくる前の時代の鉄道建設には、耐火性のあるレンガという素材が使われ、実際に機関庫や工場、橋などにもレンガが使われていました。岩見沢の昔の駅舎は木造でしたが、その周りにある工場や機関庫はレンガ造でした。国力を増強しようという殖産興業の時代には駅舎よりも産業を支える施設の方が重要で、耐火性の高い建物にする必要があったのです。設計プロセスの中で、鉄道とレンガの深い関わりを歴史の中に見つけることができたので、この駅舎にレンガを使う決断しました。コンペの段階ではレンガの積み方についてはまだ考えていませんでした。北海道に何度も通う中で、サイロ等に使われている「小端空間積み」という積み方の表情を再現することにしました。屋内のレンガの箱は、この小端空間積みを応用して、一部を透かし積みにしました。このレンガの壁は空調域と非空調域の境界となっているので、透かし積みの穴に一枚一枚ガラスを入れています。23枚/uという膨大な数だったので大変な作業だったと思います。

はじめて岩見沢を訪れた時は、雪で一面真っ白で、街中にはほとんど人がいませんでした。写真を撮ってもまるで白黒写真のような世界です。だからこの駅では人の賑わい街にもたらすことと、冬に街を明るく真っ赤照らすということが、最初のイメージでした。ここはやはり雪深い冬のための駅なんですね。夜になると一面の真っ白な雪景色の中で、レンガの赤い色だけがぱあーっと見えるんです。冬の夜景は本当にきれいですね。そして、ようやく春を迎え、6月から8月頃になると新緑の季節で、美しい自然とレンガのコントラストがとても印象的な風景を見ることができます。


単なる乗降施設ではない魅力的な空間
 

駅舎部分には電車待ちの人々のためのスペースがありますが、合築して一体的な空間となった市施設部分にある2Fのセンターホールでは、お昼時になると市民の方々がお弁当を持って食べていたり、時にはイベントやコンサートをしていたり、様々な市民活動の場として使われています。駅と一体となっているので、まるで駅で人々が過ごしているように見えます。センターホールは音響設計まではしていませんが、屋根のリブ形状やレンガという凹凸のある素材や、観客の存在で、コンサートではとてもいい音色が響いていました。

コンペ時の提案では、レンガの箱のホーム側には、人々が自由に行き交える回廊はありませんでした。他のどこの駅を見てもそうですが、計画上、ホーム側は裏方のスペースになりがちです。実は、岩見沢駅でも当初はレンガの壁のところまでしか敷地がなかったんです。そこで、駅から線路が見えるように、レンガの箱を囲む回廊をホーム側にも作った方が良いと、コンペのあとにJRと市長に提案しました。1番線のホームの横に少しスペースがあったので、まずはJRにその土地を市に貸してもらえるようにお願いをして、用地を増やしてもらうことから始めました。その後、ホーム側に列車が見える回廊をまわすプランへの変更を市にお願いしました。ホーム側の回廊では、列車を見に来る子供達や、旅立つ人を見送る風景が見られます。ラッチの外なので、もちろん入場料は要りません。この回廊とセンターホールでは、ギャラリーとして北海道教育大学の卒業設計展を開催したり、時にはコンサートをやっていて、鉄路の風景の中で様々な市民の活動が展開されています。



撮影:小川重雄
徹底して開放的にすることにこだわった自由通路
 

駅の南北をつなぐ自由通路も全てガラス張りです。ガラス外側には点検歩廊が付いているんですが、通常は通路床面と同レベルに作られるので、点検歩廊の手摺が立ち上がって、風景への開放感を損なってしまいます。この自由通路では、手摺が風景への抜けを阻害しないように点検歩廊のレベルを下げてもらいました。これをやらせていただくのはとても大変でした。点検歩廊はメンテナンスや鉄道運行に対する安全性が第一の目的なので、通常のやり方を変えることはなかなか困難でした。

また自由通路の空間がここまで開放的に実現できたのは、構造体を細く小さい部材を組み合わせて作っているからです。鉄道軌道上の工事ですから、鉄道運行へのリスクを最小化するために、通常は太い柱と梁で単純なラーメン構造を構成して部材を少なくし、できるだけ早く工事を終わらせるというのが鉄則です。ただ、岩見沢は鉄道の街ですし、この自由通路は鉄道が見える絶好の場所なのでできるだけ開放的にすべきと思いましたから、JRさんと何度も協議を繰り返して、ようやく鉄路の風景に徹底的に開かれた空間が実現できたのです。

今まで岩見沢には、これほどまでに駅構内の風景を望める場所がありませんでしたから、今ではお弁当をもってスケッチをする人が集まってきたり、子供を連れて散歩する人も増えています。この通路で結婚式を挙げた人もいるんです。

駅舎という空間の中に、岩見沢らしい鉄路の風景を徹底的に取り込んだ成果だと思います。


長く使う駅舎だから防水はアスファルトルーフィングに
 

駅舎はめったに建て替わらない建物です。その上、この駅はこれからまちづくりや街の活性化に寄与していく駅という位置づけで、100年、200年というスケールで物事を考えなければなりませんでした。一般的に駅舎は鉄道の近接工事なので、工事をできるだけ早期に完了させることが鉄則で、設備や構造・意匠をできるだけ分業化して、同時並行的に工事を進められるように鉄骨造にするケースが多いんですが、長く使う駅舎として、耐久性のあるRC造を基本にしています。
そして、この駅は市施設との合築ですから、地域の人々が日常的に過ごす場所であることも考慮して、厳しい気候条件に対応できる外断熱を採用しています。

外断熱の上に防水をするわけですが、長い間使うことを考えると最も大切なことは信頼性です。この駅では、十分な実績があり、信頼性の高い材料ということで、アスファルトルーフィングを使用しました。とくに駅舎や公共施設では、機能材料に対して信頼性があることが重要視されます。検討過程では、シート防水との比較になりましたが、施工会社の意見も聞いて、北海道でも十分な実績があり、これまで施工的にもやり慣れているアスファルトルーフィングを採用しようという結論になりました。


融雪装置を付けた高さのある北海道らしいパラペット
 

防水は、外断熱の上にアスファルト防水としています。パラペット(腰壁)際には吹き溜まりができる可能性もあるので、落雪対策や雪庇対策など、雪国ならではのディテールを考えました。駅前広場に面した部分と電車の軌道上にある自由通路上は安全上絶対に落雪してはならないので、パラペットの天端笠木に融雪装置を設置しています。

パラペットの高さは意匠上できるだけ低くしたかったのですが、雪の吹き溜まりの状況やアスファルト防水の納まりから、最終的に屋根面から750mm程度の立ち上がりとしています。この寸法は、地元や施工会社の方々の、雪国ならではの経験に基づく意見を聞きながら決めていきました。アスファルト防水は立ち上がりが高い方がいいわけではなく、1m以上立ち上げてしまうと「だれ」が生じやすくなります。パラペットの笠木はできるだけ勾配をきつくして、雪庇が切れるように工夫をしています。縦樋は室内を通して保護断熱を回して、凍結防止用のヒーターを入れています。このように、雪国における防水処理や雪への対応は、雪国における経験則が大切になります。ですから、できるだけ多くの方々の意見を聞きながら、皆が納得できる仕様で決めていきました。

何人かの北海道の建築家の方からは、ファサードのガラスの開口に対してパラペットが厚すぎるのではないかというご意見をいただきました。僕も屋根をできるだけ薄くみせるディテールを考えた時期もありましたが、屋根のPC版の迫力を出したいという意図もありましたし、あの厚いパラペットの表情も、ある意味、北海道の風土から生まれた雪国特有の屋根の形ではないかという考えに至りました。




リニューアルも考慮したシンプルなディテール
 

おそらく、駅はこれから100年単位で街に存在し続けます。ですから実績と信頼性のあるアスファルト防水を使用しました。そして、防水の弱点が少なくなるよう屋根形状はできるだけシンプルにしました。風雨を凌ぐというのが、建築の一番基本的な機能ですから、防水性能には最大限の注意を払いました。

もちろんいずれはやり替えないといけない時期が来るとは思いますが、仮に漏水が発生したとしても、今回のような露出防水だとどこが駄目になったかということもすぐにわかります。今後、縮小型社会が到来し、地球環境への負荷低減を考えると、建築の長寿命化の流れは当然のことです。きっと「建築を壊さない」時代が訪れると思います。壊さずにリニューアルしながら長く使っていくことを考えると、維持管理費をできるだけ抑えるために、ディテールを明快にして改修しやすくすることも、建築の持続可能性を高めることになります。特に公共施設ではそういうところがこれから問われてくるのかもしれません。


ディテールの原点を見直す時代
 

近ごろ、建築雑誌を見ていると、防水や断熱といった建築の基本的な部分で、「本当にこれで大丈夫なのか?」と思うようなディテールをときどき見かけます。私たち建築家には、「こういう風に見せたい」という意志が当然あります。ただ、防水に関しては、私は必ず、実際に防水工事をやっている人たちの話をきちんと聞くようにしています。実際に瑕疵に対する責任を負っているのは施工会社であり防水メーカーであって、その方々の意見には十分に耳を傾ける必要があるでしょう。私は、意匠の実現と性能の両立を図るためにも、施工を担当される方々と共に努力して、意匠的にも性能的にも優れた建築を目指したいと思っています。

近年、建築家の瑕疵責任が一層問われる時代になり、補償問題になる例も多く見られます。今、ディテールというものの原点を改めて見直す時代が来ているように思います。ここで大切なことは、これまでの技術的ストックを再整理し、丁寧にレビューすることです。原点を見つめ直した上で、未来に向かって新たな技術ストックを一つ一つ積み上げていこうという姿勢が求められているように思います。


雪や気候に対しては経験則が重要
 

僕は九州出身ですから、雪国の気候や建築のあり方についてわからないことが多くて、できるだけ地元の方々の話を聞きながらプロジェクトを進めてきました。岩見沢駅舎でも、当初は地元の方に「北海道でこんな大きなガラス建築は大丈夫なのか?」とよく言われました。その土地の気候や雪への対応については、机上の理論では上手くいっても、現実にはその通りにいかないということがよくあります。予測が難しいことに向かい合うときには、経験則がとても重要になります。

近年ますます、データや数値がないと信頼できないという傾向がありますが、現場の最前線で活躍してきた職人の方々の経験や技術のストックを大切にしていく必要があるように思います。コピーペーストが可能なCADが普及するようになって、ディテールの意味を考える機会が急激に減っているように感じます。高度情報化社会になり、パソコンを開けば手軽に大量の情報が得られる便利さを得たかわりに、情報の信頼性を精査することを忘れてしまう傾向もあります。

防水に関して言えば、昔に比べれば今やとても多くの種類のものがあって、そこから最適なものを選び出すことが非常に難しくなっています。岩見沢のように気象条件の厳しいところで、失敗をしないためには経験則というものがとても役に立つと思っています。


長く市民に愛され街の活性化につながる駅舎に
 

岩見沢の街は、現在の多くの地方都市と同様、“シャッター”と“青空駐車場”に象徴されるように、決して活気があるとは言い難い状況にあります。新しく生まれた駅舎のいたるところから、そのような街の風景が見えるようになっていますが、まずは、市民の方々がこの危機的な街の状況を自覚することが大切だと思っています。それが、「なんとかしなければ…」という意識に繋がり、ここから新たなまちづくりがはじまるのです。岩見沢駅舎のような公共的な建築においては、完成させることが目的化してはならないと思います。建築はあくまでもそこで過ごす人々の暮らしを豊かにするための手段に過ぎないのです。そのことを市民の方々にも理解していただき、駅舎完成後にこそ事の本質があることを伝えるためにも、駅舎建設プロセスでの市民との協働はとても大切なことでした。今、市民の方々は、次なるまちづくりに取り組み始めています。

そして最も大切なことは、市民に愛される建築であることです。岩見沢駅舎ではたくさんの市民の方々が建設プロセスに関わってくれたお陰で、きっと子の世代や孫の世代まで、この駅が生まれた意義やその価値について伝えてくれるだろうと思っています。当然のことながら、建築は完成直後から少しずつ古くなり、いずれ寿命を迎えることになりますが、市民が愛着を持っている建築であれば、ひょっとすると保存したいという意見も出てくるでしょう。いつか岩見沢駅舎がそうなってくれれば、この建築も、そしてそれに携わった建築家としても最高に幸せなことですね!




 ◆ プロフィール

西村 浩 / ワークヴィジョンズ

1967 佐賀県生まれ
1991 東京大学工学部卒業
1993 東京大学大学院工学系研究科卒業
1993 (株)GIA設計勤務
1999 ワークヴィジョンズ設立
現在、(株)ワークヴィジョンズ 代表取締役
    日本大学理工学部非常勤講師
    東北大学工学部非常勤講師
    北海道教育大学芸術課程特任教授

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